熊本地震支援募金活動

20160513-220729.jpg日蓮宗青年会和党会として富士駅で募金活動を行いました。
前回募金活動を行ったときよりも、多くの方に募金のご協力頂きました。

わざわざ我々の声が聞こえただけで、見えないような所から募金しに来て下さった方、

待ち合わせ中に私たちの事を電話で話して二人で募金してくれた方、

他にも多くの皆さんの善意をお預かりいたしました。

被災地で困っている方に必ず届けます!!

ご協力下さった皆さんありがとうございました。

善学会総会・講義

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昨日になりますが、法縁有志による任意団体・善学会総会でした。

議事の後は、講師に富士市で老人介護施設や立石薬局の経営者・立石美井さんを講師にお迎えし、「老人介護の現状」という演題で講義をして頂きました。

介護現場の問題点や今後の課題など、日本社会が今後もっと真剣に向き合わざるをえない問題点など、聞き応えのある講義でした。

副住職は今37歳ですが、他人事ではなく、私自身の祖父母も最期は介護が必要でした。
既に親世代の介護をしている友人もおります。
介護や認知症の話は、正直目を逸らしたい問題ではありますが、きちんと向かい合って社会で支えてゆかねばなりません。

講義の中で印象的だったのは、「サービス付き高齢者向け住宅」の建設に際し、地域住民の理解が得られず当初予定地では建設できなかった話。
各地で保育園や介護施設、火葬施設の建設に際し地域住民の反対で建設の中止の話もよく聞きますが、人が生きていく上で必要とされるもの、いつか自分も世話になるものでも、自分の目の届く範囲にあって欲しくないというのは個人のエゴです。

「四苦八苦」という言葉は仏教由来のもので、人が生きていく中で避けて通れない根源的な苦しみの事を言います。
『四苦』…生老病死の四つは生命そのまのの苦しみ。

『八苦』…
怨憎会苦…会いたくない人に会わなければいけない。
五蘊盛苦…世の中や人生が自分の思い通りにならない。
求不得苦…欲しいものが手に入らない。
愛別離苦…愛する人と別れなければならない。
これは社会の中で人と関わる上で生じる苦しみです。

今回の講義を聞きながら、この四苦八苦が頭に浮かびました。
もしかしたら建設反対派の方々は感じなくてもよい苦しみに喘いでいるのかもしれません。
反対派の意見も当人達にとっては切実かもしれませんが、聞いてみると「道が狭いから介護車両が入ると困る」など、お互い融通したり気にしなければ済む様な事ばかりのような気もします。

また介護する側のご家族や、介護される側の方々のフォローについて寺院でできる事のご提案を頂きました。
参考になります。

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最後に自分が介護される側になるべくならなくて済む様に、頭と身体を動かす簡単なトレーニングを楽しく教えて頂きました。

青年会による募金活動

20160425-205801.jpg本日の夕方、副住職が所属する静岡県中部日蓮宗青年会「和党会」は、熊本地方地震被害への支援活動として富士駅周辺にて義援金の募金活動を行いました。
静岡市などの都会に比べると人通りが少ないので金額では少ないかもしれませんが、募金して下さった方々の気持ちは負けてはおりませんでした。
特に感銘を受けたのは、高校生位の若者が大人に負けないほど協力してくれた事です。
その中の1人の男の子は、一度去ってからまた再び現れて募金してくれました。

私「あれ?さっきも募金してくれたよね?」
彼「いい事をすれば、いつか自分に返って来るから❗️」

と、爽やかな笑顔で去って行きました。
他にも友達同士で「どうする?どうする?」と一瞬迷いながらみんなで募金してくれた女の子達、スマートにお札を寄付してくれたサラリーマン風の男性、募金した後に合掌礼をして下さった渋い年配男性、困っている方々に何かをして助けたいという気持ちに目頭が熱くなりました。

仏教の根底にある喜捨(自分以外の存在の為に布施すること、立派な仏道修行の一つ)の心はまだちゃんと日本人の中には残っています。
その気持ちをちゃんと汲み取り、形にして差し上げるのも我々僧侶の役目だと思っています。

災害などで困っている人を前にして、実際には何をしていいかわからないのは当たり前の事です。
先ずは誰でもできる事、今夜飲むビールを1本減らしたり、おやつのアイスを1日我慢してみたり、夕御飯を1日だけ粗食にしてみたり、そうして浮いた「ちょっとだけ」を一度困っている誰かの為に喜捨してみましょう。必ず誰かを助ける事になるはずです。